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オーズと

オーズが終わったので思ったことをつらつらと書いてみようと思います.
最終話でモヤっとしてたことも払拭されたので言ってしまいますと私は火野映司という男があまり好きではありませんでした.

映司の根底にあるのは行きすぎとも言える自己犠牲の精神である.
そしてそのことがどうにも好きになれない最大の要因だった.


そもそも命,もっと厳密に言えば生というモノは非常に重いモノだ.
生というものはいわば可能性である.
生きてさえいれば何も命を捨てなくとも伊達さんみたいに多くの命を救えるのだ.
反面命を捨ててしまえばそこで終了である.生きてさえいれば成しえたこともそこで終了だ.
故に軽々しく命なんて捨てられるものじゃないし捨てていいものじゃない.
それともう一つ.命は本来等価であるべきだ.
現実ベースで考えればまぁ凶悪犯罪者の命の価値なんてクソ以下のものなんだろうけどとりあえずその辺の話は置いておく.
あくまで子供向け番組の中の話なのだから.
話を戻す.
終盤における映司は力さえあれば自分を犠牲にすることで世界全てを救えるなどと割と本気で考えていたように思える.
私から言えばそれは幻想だし傲慢である.
自分の命を捨てて世界を救おうなんぞ自分以外の命を軽く見すぎでおこがましいにも程がある.
アメリカ映画なんかじゃ1人の犠牲によって多くの命が救われるなんてよくある光景かも知れない.
が,あれだってよく見るとその殆どは家族とか恋人を守るために命を張って,世界はモノのついでに救っていることが多い.
命は等価だ.それ故に1人の命を捨てて守れる命など1人か2人が関の山だと思う.
それに自己犠牲とは言ってしまえば残された者に想いや希望,未来を託すことだ.
犠牲によって救われた者は否が応でも犠牲になった者の生の重さを背負い込むことになる.
世界中の人たちにその重さを背負わせようなんて映司ってばなんて迷惑なヤツなんだろう.
スーパーアポロガイストさんもびっくりだ()
冗談はさておきだからこそ自分を犠牲にして誰かを守るってことは凄く重いことなのだ.
自己犠牲なんてのはそれこそにっちもさっちも行かなくなった時にだけするもんだ.
そんなわけで映司は命というものをちょっと軽く見ているような印象を受けてしまっていたのだ.


反面,アンクはもともと命を持たない存在だった.
それ故に恐らくオーズの登場人物の中でも最も命の重さというものを認識していたんじゃないかと思う.
グリード化によりアンクの命への渇望を知った映司にとって,最終話におけるアンクの覚悟の重さは相当なものだったと思う.
そしてそのアンクの想いを受け止めることで映司は命の重さをちゃんと認識できたんじゃないかなーと.
まぁ勝手な想像なんですけど.


とりあえず結果だけ見ればオーズはよき終わりを迎えたので満足です.
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